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音楽評論家の必要性 | ヴァイオリン掲示板

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雑談・その他 43 Comments
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音楽評論家の必要性

投稿日時:2012年06月19日 19:15
投稿者:silv(ID:FBNIcUQ)
音楽批評について、今までの経験から不必要だと思っています。したがって興味をもって読んだことはりません。皆さんはどのようにお考えですか。
あえて問題を提起したいと思います。
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Re: 音楽評論家の必要性

投稿日時:2012年06月24日 19:45
投稿者:通行人(ID:giRyMYA)
pichi氏のお説は、作者ひとりによる手作り品こそが芸術作品だという素朴な誤解が前提になっていますね。

レコード録音は実演とは違う次元の存在で実演の単なるコピーではない。

複数の人間が制作にかかわったものという点では、オペラに似ているかもしれませんね。
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Re: 音楽評論家の必要性

投稿日時:2012年06月24日 19:55
投稿者:pochi(ID:EyRIKDA)
レコードは商品カタログでしょう。
レコード評論家はカタログ評論家。
カタログをつくるのも多数の人が関わっています。
今話題の色校屋もその中の1つです。
ttp://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120612-OYT1T00683.htm

1つ1つの商品は、メイカーの芸術作品だと言えるかも知れませんが、カタログは難しいでしょう。

youtubeはチラシです。

通行人氏はここで芸術作品を堪能して下さい。
ttp://www.nissen.co.jp/
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Re: 音楽評論家の必要性

投稿日時:2012年06月24日 20:16
投稿者:通行人(ID:giRyMYA)
おや?論点のすり替えですか?

都合が悪いのでしょうね。

映画なんぞは、演技をした役者が評価の対象になるのでしょうか?

演技指導をした監督でしょうか?

カメラマンや照明、大道具、小道具その他は縁の下の存在ですが、彼らの職人芸なくして映画は出来ません。

レコードも同様。

仮に単なるカタログであったとしても、複数の技術者集団の手間がかかった仕事は、実演とは別の意義をもった芸術作品として鑑賞に値するものだと思います。

デッカ=カルショウ=ショルティの「リング」なんぞは、スタジオで作られたフィクションだとしても立派なものです。

ああいう録音物に「価値観の提示」なるものがあるかないかは、聞き手が判断すればいいまでです。
[44633]

Re: 音楽評論家の必要性

投稿日時:2012年06月24日 20:50
投稿者:父娘Vn(ID:FZZZkWA)
レコードは、記念写真のようなもの。家族の記念写真は、家族ではありません。音楽の記念写真は、音楽そのものでは、ありません。私は、子供の頃から、そのように聴かされて育てられましたので、pochiさんの仰ることは何となく頷けます。
とは言いつつも、こんな奇跡のような録音もあります。h
ttp://www.amazon.co.jp/ブザンソン音楽祭における最後のリサイタル-リパッティ-ディヌ/dp/B000TLYFB0

記念写真ではあっても、想像力を豊かにすれば、本物の音楽がどのようなものであったのか、想像することは出来ます。
一方で、録音技術が優れ過ぎていて、演奏家の真実とは随分遠いところにある録音も、多く発売されていると聴きます。録音もので藝術を云々するのは、なかなか困難なものがあります。
若い人たちには、録音を参考にするのも良いですが、出来るだけ、実演に触れてもらって、本物の演奏家の真の姿に接してもらいたいと、思います。
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Re: 音楽評論家の必要性

投稿日時:2012年06月24日 21:12
投稿者:QB(ID:OFKWEGY)
レコードは、その字のとおり芸術かどうかというコンテンツとは無関係に「記録」です。
コンテンツが「芸術」だったとしても、その「記録」であるレコードは、オリジナルの芸術の一側面、しかも聴覚として受容する情報のみを切り出したものです。もちろんオリジナルを想像しその芸術を感じ取ろうとすることはできます。しかしながら、オリジナルを再現することはできません。DVDになって視覚情報が補完されても、程度の差こそあれ同様です。

歌舞伎のDVDを見ても実際の歌舞伎の舞台上の役者の「気」や集合体としての観客が発する「意識」が伝わらないように、TVでプロ野球中継を見ても実際の球場の頬を撫でる風や汗ばむ皮膚が実感できないように、コンサートに行けば容易に100%オリジナルとして体験できる「時間空間」は、記録不可能なものですね。

とは言え、、演奏家の芸術とは別に、レコードには「芸術的な録音」とでも言えるものもありますね。これは録音技師やプロデューサーに対する賛辞です。
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Re: 音楽評論家の必要性

投稿日時:2012年06月24日 22:06
投稿者:父娘Vn(ID:FZZZkWA)
QBさま。
いやあ、上手くまとめられてしまいました。脱帽です。

リパッティ、録音状態は良くはありませんが、凄いです。QB様ほど、音楽にご造詣の深い方でしたら、きっとその凄さはおわかりになると思います。よろしければ、ぜひ聴いてみてください。
[44637]

Re: 音楽評論家の必要性

投稿日時:2012年06月25日 10:37
投稿者:自称評論家(ID:ExiIWRA)
論点がぼけて来たようですが、いずれにせよ皆様が音楽評論家をそれほど評価していないことは明らかです。「不要」もしくは「どちらかと言えば不要」と言っても差し支えないでしょう。

彼等の意見を積極的に読んだり聞いたりしなければ済む問題であると思います。silvさんが興味を持たないのにもかかわらず読んでいるのは不思議に思えます。
[44640]

Re: 音楽評論家の必要性

投稿日時:2012年06月25日 13:34
投稿者:QB(ID:cYBJOIA)
音楽評論家が、出版社や新聞社からの収入(一部著名人は自著の出版物の印税)などで生活している以上は、継続して「お座敷がかかる」ようにしていなければなりません。つまり誰か(主には出版社の担当、次に読者)に「ウケる」内容でなければならないわけです。

そのような中、楽曲分析や時代背景等の知識の開陳だけでは、情報の入手が誰にでも比較的容易になった現代においては、そのように「自ら探求する人たち」にとって存在価値を認めさせることが困難になっていると思います。

逆説的には、「自ら探求しない」人たちにとっては、「ウケる(笑える、楽しめるという意味とは限りません)」読み物としては、一定の市場の需要があり、今でも職業として存在しえているのではないでしょうか?

その事から、「自ら探求する」タイプである多くのここにいらっしゃる方々にはあまり評価がないのは宜なるかなと思います。

//
父娘Vn氏、早速注文してみました。
[44643]

Re: 音楽評論家の必要性

投稿日時:2012年06月26日 02:01
投稿者:難しいです(ID:EYODKAc)
ロベルト・シューマン
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3

エクトル・ベルリオーズ
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%BA

Amazonがプロの書評家を葬った
ttp://jp.techcrunch.com/archives/20120515amazon-killed-the-book-reviewer-star/
[44644]

Re: 音楽評論家の必要性

投稿日時:2012年06月26日 07:21
投稿者:pochi(ID:EyRIKDA)
ネット社会では、「知」のヒエラルキーが無くなる。恰も、「知」のピラミッド構造が崩壊するようにもとれる。「知」が同一平面上に散らばり、そのアクセスがだれにでも容易になる。

1994年だったか、ゴア副大統領が「情報スーパーハイウェイ」の構想を打ち出した時、大学では「知」の形が変わるだろう、と噂されたそのものが、現実に起こっています。

「知」が他人に対する優位性を得るための道具ではなくなる第一歩ではないか?というのが命題です。

逆説的には、
インターネットの特性上、ネット上の個人情報を含むすべての情報は、アメリカ情報局に筒抜けで、エシュロン等を使った情報(知)の一元化が図られている、とも考えられます。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AD%E3%83%B3

GoogleChromeを使ったら情報が筒抜け、なんてそんな甘いモノではありません。

それなら、という事で、逆用しようとしたのが、ウィキリークス
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B9
ですが、どうなっちゃったんでしょう?

通行人氏[44625]
[44625]

Re: 音楽評論家の必要性

投稿日時:2012年06月24日 17:18
投稿者:通行人(ID:giRyMYA)
>評論家自身が演奏家でない場合、演奏家の代弁ができないのは確かでしょう。


演奏家は職人であって研究者ではない。

職人ふぜいにまともな文章が書けると思っているのかね?

そもそも、評論家もピン~キリで、全部いっしょくたにして論じるのは、無意味なんだよ。

提灯持ちの記事なんぞは評論もどきでしょうが。
の文章の一部を添削すると、
>>職人ふぜいに(通行人氏にとっての)まともな文章が書けると思っているのかね?
「まとも」に普遍性などあるはずもありませんから、()内を加えなければなりません。模範解答は、
《通行人氏にとっての「まともな文章」がどんなものなのか、通行人氏にしか解らないから、質問は無意味》
となります。

よって、[44622]
[44622]

Re: 音楽評論家の必要性

投稿日時:2012年06月24日 16:36
投稿者:pochi(ID:EyRIKDA)
ネット社会になって、情報発信機材が家庭に持ち込まれた事により、人類総評論家になり、専門職としての評論家は必要なくなってしまったと思います。レコ芸も廃刊の危機です。

そもそも、レコードが芸術であるはずがないのです。「レコード芸術」という言葉に違和感があるからこそ、タイトルとしてパンチがあったのに、レコードを芸術と勘違いしている人々を作ってしまったのではないでしょうか?

コンサートレビューも、ネットでの任意のレビューと、評論家の書くレビューは等価です。

演奏家が自ら評論する場合、匿名で行う必要があります。他人の演奏に対してクリティサイズすることは、演奏家には有り得ません。

ネット社会では、マスメディアも融解していきます。CMをみれば、番組がどんな人をターゲットにしているのか、解ります。読者投稿欄をみれば、新聞等のターゲットが解ります。

ネットでの任意のレビューと、評論家の書くレビューは、本質的には等価です。

「音楽評論家の必要性」は自称評論家氏の言う通り、
《「不要」もしくは「どちらかと言えば不要」と言っても差し支えないでしょう。》
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