■録音史
録音技術の発明により、かつては全てが一期一会だった演奏も、不特定多数の大衆が繰り返し聴けるようになった。人々は、自分が生まれる前の演奏も時空を超えて鮮やかに再現する技術を手に入れたのだ。録音技術は、クラシック音楽の演奏家が挙って録音を行うようになるのと歩みを同じくして発展を遂げた。ここでは録音技術の発展と、現存する、録音史上重要な録音にスポットを当てたいと思う。
■黎明〜発明からアコースティック録音の時代
録音技術はエジソンにより1877年に発明された。当初は錫や蝋などを用いた円筒に録音を行っていたが、1887年には複製が容易な平円盤に録音するグラモフォンが発明された。専門家が音楽を吹き込むようになるのはその翌年頃からで、1889年頃にはブラームスが録音を行っている。20世紀に入ると、グラモフォン&タイプライター社、パテ社、コロムビア社、ビクター社など初期のレコード会社が競って音楽家にその演奏を吹き込ませるようになる。初期には歌曲の録音が多くを占めていたが、これまでの間、
ヨアヒムはハンガリー舞曲、
サラサーテは
チゴイネルワイゼン
などを非公式で録音している。
ヴァイオリニスト初のレコード会社との契約による録音は1910年、
イザイ
がコロムビアに録音したのを皮切りに、
エルマン、
クライスラー、
クーベリック、
ジンバリスト
などが続いた。また、録音時代の申し子とも言える
ハイフェッツ
は1917年にビクター社に初めての録音を行っている。この頃の録音時間は5分足らずと短く、ハイフェッツは
メンデルスゾーンの協奏曲
の3楽章をわずか4分30秒で演奏した録音が現存している(前奏、間奏のカットが行われているとはいえ、通常6分以上はかかる曲である)。
■発動と発展〜電気録音時代の幕開けからLPまで
1925年になると、マイクロフォンにより集音を行い、電気信号により録音を行う電気録音が実用化される。このことにより、それまでのレコードが最も苦手としていたオーケストラ曲のレパートリーが飛躍的に増えることとなる。この頃から、管弦楽の伴奏による協奏曲の録音も行われるようになる。電気録音の実現により、ダイナミックレンジ・録音帯域ともに飛躍的な向上を見せ、クライスラーによるベートーヴェンのソナタ全集など、名演奏家によるスタンダードナンバーの録音が相次いで行われた。
次なる試みは演奏の長時間収録への挑戦であった。1931年にビクターはレコードの回転数を33 1/3rpmに落としてベートーヴェンの交響曲第5番を録音したが、SN比が極端に悪く、この方式のレコードは普及しなかった。同じく33 1/3rpmの回転数で音質と長時間演奏を両立したLP(Long Playing)が材質の向上により実用化されたのは1948年である。最初のLPはコロムビア社から発売された、
ミルシテイン
独奏によるメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲であった。その後も回転数やサイズなどさまざまな改良を受け、ますます大衆化が進むとともに、大小様々なレコード会社が乱立する。この頃、LPに対し従来の78rpmのアコースティック録音のレコードをSP(Standard Playing)と称するようになった。
■さらなる向上を求めて〜ステレオ録音からデジタル時代へ
1956年頃より、各レコード会社がそれぞれ独自の方式によりステレオ録音のLPを発売する。ステレオとは、複数のマイクロフォンを用いて録音した音源を、複数系統のスピーカーから再生して立体的な音像を表現する方式で、音質の面でそれまでのLPと異なるものではない。しかし、ホールの臨場感、音の真実味は飛躍的に向上する。このことは、演奏家が録音済みの楽曲を再度ステレオ録音していることからも紛れもない事実である。ハイフェッツはそれまでにスタンダードな協奏曲のほぼ全てを録音していたが、主要なものは再びステレオで録音をし直しているし、
レビン
は1955年に
パガニーニの協奏曲第1番
を録音し、わずか5年後の1960年に再度同曲を録音している。
こうして発展を遂げてきた録音技術は、デジタル時代へと突入する。今日ではすっかりお馴染みのCD(コンパクトディスク)の実用化により、人間の可聴範囲を超えたSN比、ダイナミックレンジ、録音帯域を実現したとされる。CD普及に一役買ったのは、音に強いこだわりを持つクラシックファンであった。可聴不可能な範囲とはいえ、一定周波数の範囲外をカットするため、音が機械的であるなどの批判もあるが、その手軽さと半永久的に劣化しないデジタル特有の性質から、貴重な媒体であることは間違いない。こうして、過去の名演が次々とCD化されて現在に至る。最近の録音ではマスタリングもデジタル化され、CDを上回るサンプリング・レートでマスタリングが行われている。
以上、発明から現代までの録音史を述べた。技術的には20世紀中に既にこれ以上ないところまで発展したと言って良いだろう。今後は録音の総合プロデュース、すなわちソフト面が問われる時代となりそうだ。例えば、1970年代までの録音では、協奏曲ではソロ楽器のミキシングが大き目であったが、1980年代に入ると、一個所にマイクを設置することでコンサートホールで聴く演奏に近いミキシングが主流となった。しかし、この方式はソロが管弦楽伴奏に埋もれてしまいがちで、実演の臨場感を伝えるに至らない現状がある。今後はこうした点での進歩が待たれるところだ。
[2001/04/01]